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2026.03.16|CEOコラム

「独身税」がはらむ矛盾 ~CEOコラム[もっと光を]vol.319

 来月から始まる子ども・子育て支援の新たな負担制度は、世間では「独身税」と呼ばれて揶揄されています。医療保険料に上乗せする形で広く国民に負担を求める制度ですが、子どもを持たない人ほど恩恵が見えにくいことから、こうした呼び方が広がっています。少子化対策の必要性そのものに異論を唱える人は少ないとはいえ、その解決策として「独身者がより多く負担すべきだ」という発想には強い違和感を覚えます。

 

 そもそも独身であることは、必ずしも個人の自由な選択だけで決まるものではありません。結婚の機会に恵まれなかった人、家族の介護を担ってきた人、経済的理由で家庭を持てなかった人など、その事情はさまざまです。それにもかかわらず「子どもがいない人は社会に十分貢献していない」という空気が広がれば、それは新たな分断を生むだけでしょう。社会を維持する負担は、本来、連帯を支える仕組みであるはずです。しかし「独身税」という言葉が広がる背景には、人々の属性によって負担を線引きしようとする発想が透けて見えます。

 

 さらに、この議論には見過ごせない矛盾があります。自由民主党は長年、「自助」や「家族の絆」を重視する立場を掲げ、党の憲法改正草案でも「家族は、互いに助け合わなければならない」と明記しています(第24条1項)。ところが少子化対策となると、その理念は都合良く忘れ去られ、家族を重視すると言いながら、子育ての負担は家族ではなく社会の特定の層に向けられます。夫婦同姓に固執して家族での自助を唱えながら、都合の悪い場面では国民の財布に手を伸ばす。そこにあるのは高邁な理念どころか、責任を安易に転嫁する姿です。

 

 2025年の出生数は68万人を下回るとも言われ、少子化は日本社会にとって深刻な課題であり続けています。しかし、その解決が「独身者により多く払わせること」であるはずがありません。本来必要なのは、若い世代が安心して結婚し、子どもを持てる社会をつくる政策です。安定した雇用や将来への見通しを整えなければ、出生数は回復しないでしょう。少子化対策に必要なのは新たな負担ではなく、若い世代が家庭を築ける環境を整える政治のはずです。少子化の原因を直視しない現状では、「負担だけが増えて、子どもは増えない」という笑えない未来が待っているように思えてなりません。

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