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2026.05.11|CEOコラム

沈黙に耐える経営 ~前CEOコラム[もっと光を]vol.327

 「そしてあの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた。」
 この一節は宗教文学の中で語られた言葉ですが、現代のビジネスにも通じる示唆を含んでいます。企業経営や組織運営の現場では、明確な答えが存在しない状況、すなわち「沈黙」に直面する場面が少なくありません。市場の変化、顧客ニーズの曖昧さ、技術革新の方向性など、どれも確定的な指針を与えてはくれません。そのような中で、経営者や組織は何を拠り所に意思決定を行うべきかが問われます。

 

 ここで重要になるのが、「語られないものをどう受け止めるか」という姿勢です。優れた企業は、明確な答えが与えられるまで待つのではなく、不確実性の中で仮説を立て、小さく試し、修正を重ねていきます。こうした試行錯誤の積み重ねは、一見すると曖昧さへの妥協のように見えますが、不確実性に耐えながら前進する知的な営みでもあります。また、顧客や現場の声が必ずしも言語化されていない場合でも、その沈黙の背後にあるニーズを読み取ろうとする姿勢が、長期的な信頼関係を築く基盤となるのではないかと思います。

 

 しかし、この「沈黙を受け入れる力」は、使い方を一歩誤れば大きなリスクにもなります。意思決定の先送りや責任の曖昧化といった問題は、多くの組織で見られる典型的な弊害です。「総合的に判断する」「慎重に検討する」といった表現に逃げ込むことで、実質的な決断がなされないまま時間だけが過ぎていく状況は、企業価値を確実に毀損します。沈黙に耐えることと、沈黙に隠れることとは本質的に異なるのです。

 

 私たちのビジネスにおいてこの思想を活かすためには、明確な一線が必要です。すなわち、沈黙に耐えることと、沈黙に隠れることとを峻別することです。冒頭の小説の一節が示すように、語られなかったものの意味は、最終的にはその人の生き方によって証明されます。企業においても同様に、戦略や理念は言葉だけでなく、日々の意思決定と実践の積み重ねによって初めて真価を持ちます。沈黙を恐れず、しかし沈黙に留まらず、行動によって語ることこそが、不確実な時代における経営の本質と言えるのではないでしょうか。

 

補遺 冒頭の出典は、遠藤周作『沈黙』(1966)の結びの文章です。

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