「食料品の消費税をゼロにする」という一言は、物価高に苦しむ家計にとって極めて分かりやすく、強い訴求力を持つ政策です。負担軽減という目的は明確であり、直感的にも支持を集めやすいものです。しかも、ゼロ税率という仕組み自体は既に存在し、輸出取引に適用されている制度でもあることから、一見すると実現可能で整合的な政策のように映ります。この「分かりやすさ」と「もっともらしさ」が相まって、魅力的な公約として掲げられるのも無理はありません。
しかし、ゼロ税率は単なる税率の引き下げではありません。売上には税を課さない一方で、仕入に含まれる税額は控除・還付の対象とするという、消費税の中でも例外的な構造を持っています。この仕組みを国内の広範な取引に適用するとなれば、日々の取引を処理するレジや会計システムの前提そのものを見直す必要が生じます。実務の現場では、こうした制度変更に対応するためのシステム改修や運用変更に相当の時間とコストを要しますが、こうした制約は公約の段階ではほとんど語られません。ここに理論と現実の大きな隔たりがあります。
その結果、いざ実現段階に入ると、政策は現実に合わせて修正されることになります。最近議論されている「食料品の消費税1%案」は、その典型例と言えるでしょう。理念としてはゼロ税率を掲げながらも、実務上の制約を踏まえた結果、制度は修正を余儀なくされます。問題は、このような後追いの修正が当初の公約との乖離を生み、有権者の期待を裏切る点にあります。実現可能性を伴わないまま理想を語るのであれば、それは政策ではなく、実現性を欠いた幻想に過ぎません。
理想を掲げること自体を否定するものではありませんが、実現の見通しを欠いた公約は、結果として社会に混乱と不信をもたらします。政治に求められているのは、耳当たりのよいスローガンではなく、現実に耐えうる制度設計です。税制のように社会の基盤を成す分野においては、なおさらその責任は重いと言えるでしょう。できないことをできるかのように語る政治が続く限り、その帰結として不利益を被るのは私たち有権者なのです。