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2026.03.02|CEOコラム

退場の演出と説明責任の不在 ~CEOコラム[もっと光を]vol.317

 東京証券取引所から特別注意銘柄指定を受け、不正経理の疑惑について第三者委員会が調査を進めている最中、創業経営者が「完全に身を引く」とのメッセージを公表しました。その日付は、報告書提出の前日でした。市場とステイクホルダーが事実の公表を待つ局面で、まず示されたのが退場の決意であったという事実は、この事案を象徴する出来事とも言えます。説明が尽くされる前に幕引きが宣言される。この順序の逆転こそが統治の現在地を物語っています。

 

 本来、ガバナンスの危機において問われるのは制度の有効性です。何が起き、なぜ防げず、どの統制が働かなかったのか。取締役会の監督に実効性はあったのか、創業者の影響力は健全な牽制を許していたのか。しかし、文中では、不正の構造や内部統制の検証は示されず、「慚愧の至り」という文学的な一言で総括され、その語りは「私の夢」や「私の物語」へと転調します。統治の課題を語るべきはずのものが、いつしか個人の物語へと姿を変えていきます。

 

 さらに、「人材育成」という新章が掲げられますが、自らの総括を十分に果たさないままに未来の人材育成に関与するというのは、これもまた順序の逆転です。まず明らかにされるべきは、自らが率いた統治体制の構造的な歪みであるはずです。そして、「ニデックは永久に不滅です」との一文が掲げられますが、それが往年の名選手の引退スピーチを想起させることは明らかです。強い言葉は確かに印象に残りますが、言葉が内部統制を強化するわけでも、監督機能を再構築するわけでもありません。

 

 企業再生は演出ではなく、制度の再設計によってこそ実現します。第三者委員会報告を踏まえ、取締役会の独立性や内部統制の実効性をどのように再構築するのか。その具体が示されてこそ、信頼回復の道筋が見えてきます。もし説明責任が尽くされないのであれば、それは未来に向けた「白いキャンバス」ではなく、ただ描かれぬまま残された空白にすぎません。いま必要なのは余白の美学ではなく、検証の筆致で描き上げられる制度の再設計図ではないでしょうか。

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