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2026.10.19|前CEOコラム

最終回/ジ・エンドの、その先に ~前CEOコラム[もっと光を]vol.350

 長らくご愛読いただいてきた本コラムですが、ウェブサイトのリニューアルを控え、350号という節目の今号で最終回とさせていただくことになりました。何事にも始まりがあれば終わりがあると分かっていても、いざ終止符を打つとなると、やはり感慨深いものがあります。奇しくも、先週14日に父を失いました。連載の終了と父との別れが重なったことで、「ジ・エンド」という言葉が、これまでになく身近に感じられます。映画なら、物語が終わればエンドロールが流れ、やがてスクリーンが暗くなりますが、人生も幕を閉じれば何もかもが終わるものなのでしょうか。

 

 父を見送って改めて実感したのは、人はいつか必ず亡くなるという、当たり前すぎる事実です。若い頃には、死はまだずっと先のことだと思っていました。ところが、親を見送り、自分自身も年齢を重ねると、それは決して遠い世界の出来事ではなくなります。しかも、その日がいつ訪れるのかは、誰にも分かりません。それでも、私たちは目の前の仕事に追われ、明日の予定を立て、来年の計画を考え、未来が続くことを前提に生きています。けれども、人生には、予定表に書き込めない最終日が必ずあるのです。

 

 浅田次郎氏の小説の中に、「限りある命が虚しいのではない。限りある命ゆえに輝かしいのだ」という、心に深く残る言葉があります。命に限りがあることを、ただ虚しいと受け止めるのか、限りがあるからこそ大切に生きようと考えるのか。そこには大きな違いがあります。そして、終わりを迎えることは、すべてが消えてしまうことではありません。この連載が終わっても、綴ってきた言葉は残ります。人の一生も同じなのかもしれません。本人がいなくなっても、その人が残した言葉や仕事、誰かに与えた影響まで、すべてが失われるわけではないのです。

 

 父を見送り、長年の連載を終えるこの節目に、「ジ・エンド」について考えながら、結局は生きることの意味を問われているように感じます。仕事にも、人生にも、組織にも、いつか必ず終わりが来ます。だからといって、終わりを恐れるばかりでは、今ある時間の輝きを見失ってしまいます。限りある時間をどう生きるか。何を考え、何を成し遂げ、誰に何を伝えるか。その問いは、これからも続いていきます。これまで本コラムにお付き合いいただいた読者のみなさまに、心から感謝申し上げます。この350号をもって連載は幕を閉じますが、これまでに綴った言葉のいくつかが、みなさまに何かを考えていただけるきっかけとして残ってくれれば、これほどうれしいことはありません。私自身も、父から受け継いだものを胸に、これからの時間を大切に生きていきたいと思います。長い間、本当にありがとうございました。

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