AIに「専門職はAI時代に何を売るのか」と聞くと、「人間の人生に寄り添うことです」と答えました。いかにもAIが好みそうな、もっともらしい回答です。しかし、その薄っぺらさに閉口して「寄り添うとは、具体的に何をすることか」と聞き返すと、話が変わりました。AIは「それは仰るとおり、薄っぺらな定型句でした」と認め、専門職とは、顧客の合理的ではない願いや弱さまで引き受け、ときには嫌われることを覚悟して「それはやめましょう」と言う仕事だ、と説明し始めたのです。問い詰めてみると、少しはマシなことを言います(笑)
例えば税理士なら、数字だけを見れば「赤字だから廃業すべきです」という会社でも、経営者から「亡くなった父親から受け継いだ工場を従業員のためにも残したい」と言われれば、それを不合理の一言で片付けるわけにはいきません。その思いを受け止め、どうすれば事業を残せるのかを一緒に考える。逆に、経営者が望んでいることであっても、「それはやめた方がいい」と言わなければならないこともあります。専門職の仕事とは、正解を示すことだけではなく、正解だけでは割り切れない現実の中で、顧客とともに答えを探し、最後は決断を支えることだというのです。なるほど、最初の「寄り添う」よりは、ずっと具体的です。
ところが、ここで別の疑問が湧いてきます。AIは、本当に「分かっている」のでしょうか。 私たちが過去に語ってきた専門職の経験や判断を大量に学習し、それらを組み合わせて、「分かっているふりをした答え」を作っているだけなのです。そもそもAIには、経営者と長年にわたって付き合ってきた経験も、その人の表情や声の変化を見てきた記憶などあるはずがないのです。とはいえ、人間も他人の心を直接見ることはできません。相手の言葉や表情、過去の経験から、「きっとこうなのだろう」と推測しているにすぎないとも言えます。そう考えると、AIの「理解」と人間の「理解」を、どこで線引きすればよいのか、簡単には答えが出ません。
そして、もっと気になるのは、その先です。AIが学習を重ね、膨大な事例から人間の判断や感情のパターンまで読み取り、専門職と同等以上の判断をするようになったらどうなるのでしょうか。「AIには人間の気持ちは分からない」と言って安心していられるでしょうか。専門職の価値を知識、経験、判断力に求めるなら、それらはAIが最も学習しやすい領域なのかもしれません。AIを問い詰めているつもりが、いつの間にか「では、あなたにしかできない仕事は何ですか」と、こちらが問い詰められる場面がないとはいえません。問われているのは、AIがどこまで賢くなるかではありません。私たち専門職に何が残るのかなのです。