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2026.08.24|前CEOコラム

「三式簿記」という、未来への問い ~前CEOコラム[もっと光を]vol.342

 毎年、秋学期に立命館大学大学院の教壇に立つたびに、一人の先達のことを思い浮かべます。井尻雄士教授は、1935年に神戸に生まれ、同志社大学短期大学部に夜間で通いながら公認会計士試験に合格し、その後、立命館大学法学部で学びました。1956年、21歳で公認会計士資格の取得要件をすべて満たし、プライス・ウォーターハウスでの実務経験を経て1959年に渡米。ミネソタ大学、カーネギー・メロン大学で学び、1987年には同大学のUniversity Professorとなりました。米国会計学会(AAA)は井尻教授を「20世紀で最も重要な会計学者の一人」と評しています。その井尻教授が半世紀以上前に投げかけた問いの一つが、「複式簿記の次に、何があるのか」でした。

 

 複式簿記は、企業活動を借方と貸方という二つの側面から記録します。これによって財産の状態や利益の変化を体系的に捉えます。しかし井尻教授は、企業の状態や変化だけでなく、その変化がどのような勢いで進んでいるのかを会計で捉えられないかと考えました。その発想から生まれたのが、複式=二式に続く「三式簿記」です。象徴的なのが「利速(income momentum)」という考え方です。利益が100だったという結果だけでなく、それが前年の50から増えたのか、150から減ったのか、さらに期中における変化にどのような勢いがあるのかを見ようとしました。会計を、過去を写す「静止画」から、企業活動の動きを捉える「動画」へ変えようとしたのです。

 

 この発想がいま改めて興味深いのは、AIとリアルタイムデータの時代になったからです。経営者が知りたいのは、前期の利益だけではありません。売上の増加は加速しているのか、顧客や受注、キャッシュフローにどんな変化が起きているのか。そして、この動きの先に何があるのか。かつては把握することが難しかった「変化の勢い」も、いまや大量のデータをAIで分析することで可視化できるようになりました。コンピューターもAIも身近ではなかった時代に、井尻教授が会計に「動き」を持ち込もうとしたことを思えば、時代の方がようやくその発想に追いついてきたと言ってよいのかもしれません。

 

 もちろん、「三式簿記」が複式簿記に取って代わるわけではありません。むしろ重要なのは、井尻教授が残した発想です。会計は、起きたことを記録するだけでよいのか。現在の変化を捉え、その先にあるものを考えるところまで踏み込めないのか。70年前、立命館の広小路学舎で学んだ若き会計人に思いを馳せながら、いま同じ大学の教壇に立つ者として、その問いを次の世代に繋げたいと思います。「三式簿記」という言葉が残ったこと以上に、「会計は未来をどこまで映すことができるのか」という問いが残ったことにこそ、井尻教授の研究が今日なお持つ意味があるのではないでしょうか。

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