1970年の大阪万博を控えた1969年、大阪メトロ堺筋線と阪急京都線との相互乗り入れが始まりました。そのとき阪急が投入した3300系の真新しい姿を眺めていた一人の少年がいました。そして、その最後の一編成が2026年の今も現役で走る姿を、郷愁とともに見送る一人の老人がいます。3300系は、2度の大阪万博を経験し、少年が老人になるまで走り続けた希有な鉄道車両です。税務上、鉄道用車両の耐用年数は13年とされています。13年で計算上の簿価がゼロになる資産が、実際にはその4倍を超える年月にわたって営業運転を続けているのです。ここに、減価償却という制度の面白さがあります。
そもそも減価償却計算に用いられる耐用年数は、資産が物理的に何年使えるかを示すものではありません。減価償却は、取得原価を一定の期間に配分するための会計手続です。したがって、13年で償却が終わったからといって、車両そのものの価値がゼロになるわけではありません。3300系も、冷房化、車内設備の更新、大規模修繕などを重ねながら、長年にわたって運用されてきました。1969年に新製された車両が、何も変わらないまま2026年まで生き残ったわけではありません。追加投資によって、その経済的な寿命を延ばしてきたのです。
ここで注意したいのは、減価償却費を単なる経済的なコストだと考えることです。簿価がゼロになれば、その後の償却コストは発生しませんから、損益計算書だけを見れば「安上がりな資産」に見えるでしょう。しかし現実には、電力消費、修繕費、部品調達、故障対応などの維持コストが積み重なります。一方、新車への更新には多額の投資が必要となり、減価償却費も新たに発生します。しかし、省エネルギー性能や保守効率が向上すれば、将来のコストを抑えられる可能性があります。既存資産を使い続けるのか、それとも新しい資産に置き換えるのか。その判断に必要なのは、過去の数字ではなく、これから発生するコストと、それによって得られる便益の比較なのです。
減価償却は、適正な期間損益を行うために欠かせない仕組みです。しかし、それだけで投資の是非を決めることはできません。半世紀を超えて今なお走り続ける3300系は、そのことを実に分かりやすく教えてくれます。資産の寿命を会計が決めるわけではありません。過去の数字もさることながら、将来のコストと便益を考えるのが経営の意思決定なのです。13年で償却され、60年を走り続けた3300系の姿は、減価償却という数字の向こう側にある「資産の本当の寿命」を静かに問いかけています。そして、ピカピカの新車を見上げた少年が、長い歳月を刻んだ退役間近の車両を見送る老人になったように、会計の数字だけでは測れない「価値の時間」を私たちに考えさせてくれるのです。

正雀駅に停車する最後の3300系 2026年8月23日