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2026.08.17|前CEOコラム

過去には花を供え、未来には請求書を供える ~前CEOコラム[もっと光を]vol.341

 一昨日の終戦の日、一部の閣僚を含む自民党の政治家たちは靖国神社を参拝し、戦没者に哀悼の意を表しました。「今日の平和と繁栄は尊い犠牲の上にある」と語り、先の大戦で犠牲になった人々を悼むことは、今を生きる者として当然のことです。しかし、その言葉と現実の政治との間にある深いギャップを憂うほかはありません。過去の世代が背負ったものには深い敬意を表しながら、現在の世代が引き受けるべき負担からは目をそらし、そのツケを将来の世代へ先送りする。過去には花を供え、未来には請求書を供える政治を看過することはできません。

 

 もちろん、物価高の中で消費税減税を議論すること自体を否定するものではありません。問題は、その財源をどうするのかを明確にすることです。歳出を削るのか、別の税負担を求めるのか、社会保障を見直すのか、それとも国債に頼るのか。そこを示さないまま減税だけを掲げるのであれば、それは負担を未来へ転嫁することにほかなりません。今の有権者の負担を軽くする一方で、その代償を未だ投票権を持たない将来世代に引き受けさせる。そうした政治が、未来のことを考えているとは到底思えないのです。

 

 「英霊への感謝」という言葉を口にするなら、問われるべきなのは、過去に向かって頭を下げたかどうかだけではありません。今を生きる私たちが、次の世代のために何を引き受けるのかという覚悟です。戦没者の犠牲の上に築かれた平和と繁栄を、本当に次の世代へ継承させたいのであれば、借金も、制度の疲弊も、解決を先送りした課題も、できる限り今の世代で解決しなければならないのではないでしょうか。未来へ何も先送りしないことこそが、過去の尊い犠牲に対して報いることなのだと思います。

 

 81回目の終戦の日を過ぎた今、政治には、今を生きる世代にとって不都合な現実を語る覚悟が求められます。減税するなら財源を示す。社会保障を守るなら、そのための負担を説明する。財政を立て直すなら、選挙で嫌われることから逃げない。それが、次の世代に対する今の世代の責任です。「英霊への感謝」とは、過去に向かって頭を下げることだけではありません。未来に向かって責任を引き受けることでもあるはずです。過去には最敬礼をし、現在には迎合し、未来には黙って負担を回す。そのような政治が許されるのなら、どれほど厳粛な言葉で「英霊への感謝」を語ったとしても、その言葉は空しく響くばかりです。

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