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2026.09.14|前CEOコラム

『いちご白書をもう一度』を、もう一度 ~前CEOコラム[もっと光を]vol.345

 『いちご白書をもう一度』という曲は、一つの時代の空気を鮮やかに描き出しています。1970年前後、大学のキャンパスには立て看板が並び、シュプレヒコールが響いていました。学生たちは国家や大学のあり方に疑問を抱き、社会を変えようと声を上げていました。もちろん、その運動が時に過激化し、独善や暴力へと傾いた面は否定できません。それでも、社会の問題を自らのものとして受け止め、未来を切り拓こうとしたあの熱量には共鳴できる部分もあります。この曲には、就職を前に髪を切り、理想に別れを告げて現実を受け入れざるを得なかった世代の切なさが、今も色褪せずに込められています。

 

 激動の渦に身を投じた学生たちも、やがて生活のために社会の一員となり、それぞれの人生を歩み始めました。その胸に去来したのは、「結局、自分たちは何を変えられたのだろうか」という挫折感や虚脱感だったのかもしれません。しかし、当時の激動の時代にあっても伝えたい一つのエピソードがあります。学生デモで列車の運行もままならなかった国鉄の某駅で、発車しようとする修学旅行専用列車を学生たちは妨害するどころか、拍手と歓声で子どもたちを見送ったのです。時の政治体制に矛先を向けながらも、子どもたちの夢を砕くようなことは決してしなかった。それが彼らの矜持だったのです。その意味で、この曲は単なる政治運動の歌ではなく、理想と現実の狭間で揺れ動いた同世代への、静かな鎮魂歌(レクイエム)として響き続けるのです。

 

 そのような半世紀以上も前の光景に比べて、今の学生諸君はずいぶんと大人しく、冷めているように映ります。それは社会への関心が薄れたからなのでしょうか。将来への不安が漂う昨今、社会を変えることよりも社会から落ちこぼれずに生き抜くことが最優先される過酷な時代を彼らは生きています。税や社会保障の負担、少子化や雇用の歪みといった「ツケ」を回されるのは、間違いなくこれからを生きる若い世代なのです。彼らには政治や社会を他人事のままにしておくことはできない現実が厳然として存在しているはずです。

 

 だからこそ、今、この曲をもう一度聴く意味があるように思います。懐かしむべきは過去の運動そのものではなく、より良い社会を願い、行動しようとした当時の若者たちの志です。未来を担う若い世代が、一票という形であっても自らの意思を示し、社会に関わり続けていけるよう見守りながら、かつて若者だった自分自身も理想を諦めることなく、「次世代にどのような社会を手渡せるのか」を今改めて問い直したいと思います。かつての日々の志を「もう一度」胸に刻み、次の世代により良い社会を手渡していくことも一つの覚悟なのだと思いつつ。

 

付記
 もし良ければ、松任谷由実さんが歌う『いちご白書をもう一度』を、もう一度聴いてみてください。
 https://www.youtube.com/watch?v=TjnG3Dibdh4

 ※音量にご注意ください

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