「正義は常にこれと対極にあるものに優越する。いや、優越しなければならない。」国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が記者会見の最後に語った言葉です。英語では「Justice will and should prevail.」。単に「正義は勝つ」という楽観論ではありません。「will」に「should」を重ねたところに、この言葉の重みがあります。正義は放っておけば自然に勝つものではない。力によって蹂躙されそうになったときでもなお優越させなければならないという決意です。この言葉が発せられた背景には、赤根所長自身が米国から経済制裁の対象に指定されたという異例の事態があります。
赤根所長の「難しい仕事を引き受けた以上、覚悟はできていた」という趣旨の発言も印象的でした。自らに降りかかった不利益を嘆くのではなく、この職に就く以上、その代償も予め引き受けていたということなのです。その姿勢には、裁判官としての、あるいは専門職としての矜持を感じます。国際司法の最前線で巨大な国家権力と向き合いながら、一歩も引かない姿は美しい。いや、美しいというより見事というほかはありません。勇ましさを誇示するのではなく、淡々と「覚悟」を語るところにこそ、かえって強靱な意志を垣間見ることができます。
ICCの判断そのものについて議論があることも否定しません。米国がICCの管轄権に異論を唱えることも、それ自体は法的・政治的議論の範囲です。しかし、司法判断への批判と裁判官個人への制裁は別物です。前者は議論ですが、後者は威圧です。裁判官が法律と証拠に基づいて判断した結果、その判断を受け入れられない国家が経済力で圧力をかけるなら、そこにあるのは「法の支配」ではなく「力の支配」です。しかも、これまで世界に向けて法の支配や司法の独立を説いてきた米国自身が、その原則を踏み越えようとしているところに今回の問題の深刻さがあります。
赤根所長は「ICCは決して負けません」とも語りました。その言葉は、強大な国家を相手にした勇ましい宣言というより、司法に携わる者としての覚悟に聞こえます。現実の世界では、力のある者が勝ち、法が後退することはいくらでもあります。だからこそ、正義は単に『勝つ』のを待つのではなく、守る者が屈せず支え続けなければならないのでしょう。「正義は常にこれと対極にあるものに優越する。いや、優越しなければならない。」この言葉は、職責を引き受ける者の覚悟とは何か、そして法の支配を守るとはどういうことかを、私たち一人ひとりに問いかけているのです。