Menu

Column

スタッフコラム

全拠点
2026.07.27|前CEOコラム

ガラパゴス化する日本の会計基準 ~前CEOコラム[もっと光を]vol.338

 企業買収で支払った金額が、買収先の資産と負債を時価評価した純額を上回る部分を「のれん」といいます。日本の会計基準では、のれんを20年以内で規則的に償却しますが、国際会計基準や米国会計基準では原則として償却せず、価値が損なわれたときに減損処理します。日本でも非償却方式の導入をめぐる議論が続いていますが、従来の償却方式を維持する考えもなお根強いようです。しかし、IFRSや米国会計基準と異なる処理を残し続けることは、独自性を守るというより、日本基準の孤立を深めることになりかねません。

 

 償却を支持する人たちは、減損判定には経営者の恣意性が入りやすく、買収の失敗を示す損失の認識が先送りされやすいと主張します。確かに、その懸念は否定できません。また、買収によって得た超過収益力は時間の経過とともに費消されるため、のれんを償却すべきだという考え方にも相応の根拠があります。しかし、その価値が毎年同じ額だけ減少すると仮定することが実態に即しているとは言えません。のれんの価値が維持され、あるいは向上しているにもかかわらず償却される一方、買収が失敗して価値が毀損していても、減損を認識しない限り帳簿上にのれんが残存するというのでは、買収の成否が適切に示されるとはいえません。

 

 しかも、日本基準を採用する企業は、M&Aを行うたびに、その後何年にもわたって利益が圧縮されます。同じ会社を同じ価格で買収し、同じ収益を上げても、採用する会計基準によって認識される利益が異なります。これでは財務諸表に経営実態だけでなく、会計基準の相違まで色濃く投影されることになります。その結果、海外投資家との比較可能性を重視する企業は国際会計基準へ移行し、日本基準には国内中心の企業が相対的に多く残るでしょう。日本基準を守ろうとする判断が、かえってその影響力を弱め、空洞化を進めるという皮肉な結果を招きかねないのです。

 

 会計基準の使命は、日本の企業を保護することでも、慣れ親しんだ会計処理を温存することでもありません。買収価格の妥当性はもちろん、その意思決定の是非や買収後に期待した収益を上げているかどうかを検証できる情報を提供することです。非償却方式にも、減損認識が遅れ、損失が一度に表面化するという欠点があります。だからこそ必要なのは、厳格な減損判定、買収後の業績開示、経営者の説明責任の徹底です。日本基準がIFRSや米国会計基準と異なる処理を採ること自体が問題なのではありません。その違いがもたらす影響を直視せず、孤立を独自性と言い換える姿勢こそが、日本基準のガラパゴス化を招くのです。

メールマガジン
登録
お見積り
ご相談