「相続税は所得税の補完税である」という考え方は、税法を学ぶ者が一度は耳にするものです。しかし、「補完税」とは具体的に何を意味するのか、あまり深くは検討されてこなかったように思います。先月23日、最高裁は、この古くて新しい問題に一つの考え方を示しました。争点となったのは、相続した債務が相続後に免除されたことによる利益について、所得税法上の非課税規定が及ぶかという点です。一見すると債務免除益課税の事件ですが、本質は「所得税と相続税はどこまで一体の税として理解すべきか」を問う事件といえるのです。
最高裁の多数意見は、所得税法9条1項16号が定める「相続により取得するもの」とは、相続によって取得した財産そのものではなく、相続時点で取得した経済的価値を意味すると整理しました。そして、問題となった債務免除益は、相続後に条件が満たされたことによって新たに生じた経済的利益であり、その利益自体は相続税の課税対象となった経済的価値ではないと判断しました。その結果、この利益を所得税法上当然に非課税とすることはできず、同一の経済的価値に相続税と所得税を併課する場合には当たらないと結論付けたのです。
しかし、反対意見は異なる視点を示しました。相続税で債務控除が認められなかった以上、その債務に対応する経済的価値は既に相続税の負担対象となっているのであり、その後に債務免除益として所得税を課せば、実質的には同じ経済的価値に二度課税することになるというのです。多数意見が「相続時点で把握された経済的価値」と「相続後に生じた利益」を区別したのに対し、反対意見は「担税力の評価は税目を超えて一貫すべきだ」と考えたといえます。両者の対立は、債務免除益そのものではなく、「相続税は所得税をどこまで補完する税なのか」という税制の根本思想の違いにあるといえるでしょう。
もっとも、最高裁は「相続税は所得税の補完税ではない」と判断したわけではありません。判決が示したのは、両税の調整は、あくまで同一の経済的価値に対する二重課税を避ける範囲に限られるということです。しかし、反対意見が投げ掛けた「担税力の評価は税目を超えて一貫しているべきではないか」という問題は、なお残されています。相続税は所得税の補完税であるという命題は、これからも変わらないでしょう。しかし、その「補完」とはどこまで及ぶのか。この判決は、その答えを示したというよりも、新たな議論の出発点を示した判決といえます。最高裁が自判せずに原審に差し戻したことから、今後の高裁の判断にも注目しておきたいところです。