新幹線は「新しい幹線」の略です。半導体は「導体と絶縁体の中間的な性質を持つ物質」を意味します。しかし、私たちは新幹線に乗るたびに「これは新しい幹線だ」と考えることもなければ、半導体に関する記事を読んで「導体と絶縁体の中間物質の話か」と思うこともありません。どちらも一つの完成した言葉として定着し、本来の意味を意識する機会はほとんど失われたと言ってよいでしょう。
こうした例は身の回りに数多くあります。電話は本来「電気を使って会話する装置」、自動車は「自らの動力で動く車」、地下鉄は「地下を走る鉄道」を意味していました。言葉が生まれた当初は、その名前自体が説明になっていましたが、それらが普及するにつれて説明は不要となり、言葉だけが独り歩きを始めます。やがて私たちは語源を忘れ、名称そのものを実体だと思うようになります。
実は、これは言葉だけの話ではありません。「老舗」「名門」「一流」「優良」や「専門家」「有識者」といった肩書を聞くだけで、私たちは何となく安心してしまいます。しかし、それらは過去の評価や期待を表しているにすぎず、現在の実態まで保証するものではありません。前々回のコラムでも触れたように、京都産ではない京菓子もあれば、日本で製造されていない日本車もあります。看板と実態は、必ずしも一致しないのです。
名前と実態が一致しないこと自体は、珍しいことではありません。しかし、名前だけで実態を判断してしまうことには注意が必要です。「優良企業」と呼ばれながら赤字寸前の会社もあります。「専門家」や「有識者」と呼ばれていても、その肩書だけで見識や判断まで保証されるわけではありません。名前は便利ですが、名前は証拠ではありません。だからこそ、名前に安心するだけでなく、ときどきその中身を確かめてみることが大切なのだと思います。