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2025.12.29|CEOコラム

逃げないはずではなかったのか ~CEOコラム[もっと光を]vol.308

 カリスマ経営者の引き際は難しいものです。そこを間違えてしまうと、それまで築いてきた信用や信頼、それに名声までもが一瞬にして瓦解してしまいます。先日、ある創業経営者は、突然の引退声明文の冒頭で「半世紀にわたり、どのような困難からも逃げずに経営してきた」と述べています。創業期の苦闘から事業の世界展開に至るまでを振り返れば、この言葉には経営者としての矜持と自負が込められているのでしょう。実際、そのリーダーシップが幾度もの危機や環境変化を乗り越える原動力となってきたことは世間が認めるところです。しかし、その声明文で「組織の再生が最重要課題となった今、経営の第一線から身を引く」と語られていることには強い違和感を覚えます。

 

 この突然の引退の背景には、不正経理の疑義や第三者委員会による調査の実施、市場からの厳しい監視といった経営にとっての重大な問題が山積していることを見逃すわけにはいきません。それらは決して避けて通ることのできない難問であり、解決しなければ再生の道筋は見えないと言っても過言ではないものです。だからこそ、「逃げない」ことを信条としてきた経営者自身が、そのような局面で唐突に職を辞する姿は、見る立場によっては責任回避と映りかねません。再生を理由とする言葉は繰り返されるものの、どこまで自身が責任を負い、どのように説明責任を果たすのかについては、十分に語られていません。そこには明らかな言葉と行動の矛盾が存在します。

 

 もちろん、経営トップの交代が常に否定されるべきものではありません。権限移譲や世代交代が、組織の再生や刷新につながる例も数多く存在します。しかし、「どのような困難からも逃げない」という強い理念を掲げてきた以上、その理念はカリスマ経営者自身の行動によって裏打ちされてきたはずです。それにもかかわらず、会社が最も厳しい局面に置かれている真っ只中において、事実上、敵前逃亡とも受け止められかねない選択は、その信条の一貫性に疑念を生じさせます。信条が高邁であればあるほど、求められる行動のハードルも上がることは言うまでもありません。

 

 こうした自己矛盾を曖昧にしたままでは、組織の再生そのものにも暗い影を落としかねません。「逃げない」という言葉は、単に美しい標語ではなく、組織全体が共有すべき行動規範であってこそ意味を持ちます。カリスマ経営者の言行不一致は、従業員や利害関係者に不安と疑念を与えることになります。会社の再生が最重要課題であるならば、必要なのは修辞ではなく、説明責任と覚悟です。言行が一致してこそ、「逃げない経営」が証明されるのだと考えます。

 

補遺 本年もCEOコラム[もっと光を]をご愛読いただき、ありがとうございました。本年は、このvol.308にて筆を措かせていただきます。読者のみなさま、どうぞよいお年をお迎えください。なお、来たる2026(令和8)年は1月5日(月)にアップ予定のvol.309からスタートしたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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