先週、大河ドラマ「豊臣兄弟!」で本能寺の変が描かれていました。ドラマは史実とは少々異なるようですが、いずれにしても本能寺の変は歴史上の謎の一つだと思います。明智光秀ほどの能吏が、何故わずか十日余りで崩壊するようなクーデターに踏み切ったのか。その答えの一つは、織田信長父子が揃って京都にいる状況が政権中枢に打撃を与える千載一遇の好機だったからです。その好機を光秀は逃さなかったのです。しかし、好機を捉えることと、成功に至る戦略を完成させることは同じではありません。
現代の経営に置き換えれば、これは「競争相手を倒せば市場を奪える」「旧体制を壊せば組織を変えることができる」という錯覚に通じます。光秀は信長父子を廃除することには成功しましたが、朝廷周辺や畿内諸将の支持を取り付けることはできませんでした。権力の空白が自動的に次の権力を生むことはないのです。これは企業経営においても同じです。改革はもちろん、買収や事業承継、さらには組織再編といった局面において重要なのは、旧秩序を壊すことではなく、新秩序を支える制度を整え、それが受け入れられるまでの合意形成の道筋を描くことなのです。
しかし、この点において、光秀の構想には大きな誤算があったのではないでしょうか。有能な彼に出口戦略がなかったとは思えません。しかし、その構想は周囲の同調を過度に期待するものであり、多数の利害関係者が想定どおりに動かなければ成立しない危うさを抱えていました。「同調してくれるはずだ」「中立を保つはずだ」という楽観論は危機の局面では簡単に崩れ去ります。一方、秀吉は「主君の仇討ち」という単純明快な旗印を掲げて驚異的な速さで畿内に戻りました。光秀が期待を現実のものとするための時間は、秀吉の「中国大返し」の速度によって奪われたのです。
戦略とは、好機を捉えることだけではありません。好機を捉えた後に、誰が、なぜ、どの順番で自分に従うのかまで設計することです。光秀は好機を捉えましたが、事後の設計の詰めを誤りました。秀吉は好機を捉えたわけではありませんが、発生した事態を最短で意味づけし、人を動かしました。本能寺の変が現代経営に教えるのは、絶好の機会と優れた構想だけでは勝てないということです。勝敗を分けるのは、好機そのものではなく、発生した事態に大義を与え、人を動かす力なのではないかと改めて思います。
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