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2026.04.06|CEOコラム

色褪せた東大ブランド ~CEOコラム[もっと光を]vol.322

 東京大学医学部における一連の不祥事に対する検証報告書を読んで想起されるのは、かねてから唱えられていた一つの仮説です。それは、答えのある問題を解くことには卓越した能力を示す一方で、答えのない問題には適切に対処できないのが東大出身者のティピカルな思考様式ではないかというものです。報告書は事実関係を整然と整理していますが、その背後に浮かび上がるのは、個別の判断ミスではなく、判断そのものを引き受けきれない組織のあり方です。最も重要な局面において、決断の痕跡が不自然なほど薄いのです。

 

 不祥事への対応には、設問も模範解答も存在しません。情報は断片的であり、判断は常に不確実性を伴います。そのような状況下で求められるのは、最適解を導く能力ではなく、不完全な条件のもとで暫定的な結論を引き受ける覚悟です。しかし、今回の対応は、判断の先送りと責任の拡散に終始しています。外部要因に帰責し、自律的な意思決定を回避する姿勢は、模範解答が与えられずに狼狽する受験生そのものと言っても良いでしょう。

 

 さらに問題なのは、この傾向が個人ではなく組織として現れている点です。異論は表面化せず、議論は収束せず、問題は宙づりのまま推移するという構図は、正解が共有された環境では効率的に機能してきた仕組みの裏返しでもあります。すなわち、「正しく解く能力」に最適化された組織ほど、「何を決めるべきか」を定める局面において脆さを露呈するのです。もちろん同様の問題は他の組織にも見られますが、東大というブランドに対して社会が抱いてきた期待値を前提とすれば、その落差は看過できません。

 

 東大ブランドは、これまで他にはない大きな信頼を誇ってきたはずです。それは単なる学力の高さではなく、困難な局面においても合理的な判断がなされるであろうという期待です。しかし今回、その期待は裏切られました。ブランドとは、不確実な状況においてこそ意味を持つものです。それが最も試される局面で機能しなかった以上、「東大であること」に付随していた信頼は確実に毀損しました。信頼に足ると信じられていたものが、その期待に応えられなかったという意味において、東大ブランドは色褪せたと言わざるを得ません。

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