1993年、今から32年前のことですが、その前年に開業したホテルを訪れました。総工費400億円を投じたといわれるホテルは「夢の城」として世間の注目を浴びていました。南紀白浜の海辺にそびえる欧州の古城を彷彿とさせる建物は、豪華な内装と相俟って、当時のバブル経済の象徴でもあったのです。経営者は「世間の需要に対応するのではなく、積極的に自分たちの世界を創造していく」と豪語し、金箔を施したドーム天井や全室スイートという贅沢な設えは、典型的なプロダクトアウト型の投資でした。
しかし、現実は理想とは程遠いものでした。会員権販売や富裕層向けの高価格戦略は、観光需要の季節変動が大きい南紀白浜という立地条件では十分に機能せず、稼働率は20%前後で低迷していたそうです。一方で巨額の減価償却や金利といった固定費が経営を圧迫し、開業からわずか5年足らずで破綻しました。供給側が描いた理想像に市場が追随するという発想は、需要構造を無視した身勝手な論理に過ぎなかったのです。
そして32年が経過した先日、このホテルを再訪しました。かつての豪華な建物は外観・内装ともに経年劣化が進み、運営もプロダクトアウトからマーケットインへと転換した結果、宴会場や個室レストランは閉鎖され、代わりに増設された和風露天風呂は、欧州古城風の建物と見事なミスマッチを演じていました。提供されるサービスや客層は明らかに設備に対して釣り合わず、高級会員制を前提に設計された空間は、大衆化した運営方式の下では「宝の持ち腐れ」でしかなく、空虚ささえ漂わせていました。
過大投資の傷跡は一度刻まれると容易には癒えません。豪華な建築は資産であると同時に、巨額の維持管理コストという重荷を背負わせます。現在のホテルは宿泊施設として一定の役割を果たしているのだとは思いますが、今なお「市場を無視した夢の設計」の呪縛から逃れられていないと感じます。再訪して痛感したのは、マーケットインの視点を欠いた巨額投資は、30年を経ても消えぬ傷を残すという経営における厳しい真理でした。