今から約60年前、父親のカメラを手にした小学生にとって鉄道は恰好の被写体でした。ほどなく自分用のカメラを与えてもらい、その後いわゆるDPE(Development :現像、Print :焼き付け、Enlargement :引き伸ばし)まで対応できるようになると、フィルムの材質にもこだわりはじめます。憧れの的だったのは、米コダック社製の「TRY-X」。ASA400という高感度フィルムは富士や小西六(後のコニカ)などの国内メーカーの商品ラインナップにはなく、その意味で他の追随を許さない唯一無二ものでした。カラーのリバーサルフィルムといえば「EXTACHROME」の一択だった時代です。
「KODA(光田)」と「KODAK(コダック)」という名前の親和性もあって(笑)、なけなしの小遣いで「TRY-X」を買い求め、その後バイトで小金を稼げるようになると念願の「EXTACHROME」を手に入れました。このように憧れのコダック社でしたが、2012年に同社が経営破綻したと聞いたときには驚きました。実は、1970年代に世界初のデジタルカメラを開発したのはコダック社だったのですが、デジカメは既存のフィルム事業を脅かす存在だとして、商品展開を控えたのです。この判断が競合他社に先行を許し、結果としてデジカメが主流となる中で経営破綻にまで追い込まれたことは、イノベーションのジレンマの典型例として今日でも語り継がれています。
その後、コダック社は会社更生の過程で印刷や化学品、さらには医薬品関連など他分野へ進出しましたが、持続的な収益基盤を築くには至りませんでした。富士フイルムが写真用フィルムの化学技術をヘルスケアや化粧品分野へ巧みに転用し、多角化を成功させたこととは対照的です。両社の明暗は、「既存事業の延命」に固執したか、それとも「持てる技術を再定義」したかの違いに集約できます。経営面においても、短期的な利益還元を優先したコダック社と内部留保を厚くして将来投資に備えた富士フイルムとの差は鮮明でした。
そして2025年8月、コダック社は再び経営危機を表明しました。決算報告で5億ドル規模の短期債務の返済に必要な資金を確保できていないことを明らかにし、継続企業としての存続に重大な疑義があると発表したのです。この一連のコダック社の歩みから、現代企業が学ぶべき教訓は明快です。第一に、事業の本質を絶えず問い直し、顧客に提供する価値と自社の中核技術を再定義すること。第二に、短期的な株主利益に偏らず、将来の変化に備える資金的柔軟性を確保すること。そして第三に、経営モデルそのものを再設計する覚悟を持つこと、です。AIの進化や環境変化が加速する時代、コダック社の失敗は過去の物語ではなく、いま現在の企業に突きつけられた課題そのものといってもよいのです。