1.人事施策と揺り戻し
ある課題を解決しようと強く舵を切ると、数年後にはその反対の課題が浮上する――いわゆる「揺り戻し」は、多くの組織で見られる現象です。
人事施策も例外ではありません。例えば、成果主義やインセンティブ制度を強めれば短期志向が問題となり、安定や協調を重視する声が上がるようになります。反対に、安定や協調を重視すると、挑戦意欲や達成意欲の低下が指摘される、といった現象です。
昨今のビジネス環境では、この揺り戻しが数年を待たずに数カ月単位で起こることもあります。
例えば、ある中小企業では、「年功的で緊張感がない」という課題から成果連動色の強い評価制度へと大きく舵を切りました。導入当初は業績が伸び、社内にも一定の緊張感が生まれました。しかし数年後には、「数字ばかりで協力しなくなった」「若手が疲弊している」という声が増え、今度はチームワーク重視へと制度を再修正することになりました。結果として制度は大きく振れ、現場には「また変わるのか」という戸惑いが残りました。
こうした揺れは、決して珍しいことではありません。
そもそもこの“揺れ”は人事施策においての失敗を意味するのでしょうか?
2.振り子のように動く組織
なぜ組織は振り子のように揺れ動くのでしょうか。
「組織行動論」では、環境の変化に適応しようとする過程で、組織が一方向に振れ過ぎてしまう「過剰適応」が起こり得るとされています 。
先ほどの成果主義の例で言うと、成果を強く求める声が高まると、現場では「まずは数字を出さなければ」という意識が強まり、短期的な判断が増えます。すると今度は、「このまま数字だけを追っていて良いのか?」という不安や違和感が生まれ、別の価値/正反対の価値を求める声が上がってきます。
こうした動きは誰かの判断や価値観の誤りというよりも、組織の中で自然に生まれる“反応”の積み重ねです。
ただし、中小企業において揺れ幅が大きくなりやすい背景もあります。
それは、「なぜこの制度を採用しているのか」という設計思想や目的が、経営と現場で十分に共有されていないことです。
制度の背景にある意図が共有されていないと、不満や違和感が生じた際に、その都度反応的に修正が加えられます。結果として、制度が振り子のように大きく揺れ、社員の側には「方針が定まらない会社」という印象が残ってしまうこともあります。
揺り戻しそのものが問題なのではなく、揺れをどう位置づけ、どう扱うかが問われているのです。
揺り戻しは、「変化に向き合う組織」が無意識のうちにバランスを取り戻そうとする過程とも言えます。
3.揺れを受け止める組織づくりのヒント
いま企業には、揺れを抑えることよりも、揺れながらでも価値を高めていく視点が求められています。
近年、「人的資本経営」が注目され、企業価値を高める要素として従業員エンゲージメントの向上が重視されています。たとえば米国Gallup社の調査では、従業員エンゲージメントが高い企業ほど生産性や収益性も高いことが示されています。一方で、エンゲージメント施策を「満足度向上」に偏らせすぎると、評価の厳格さや成果へのコミットメントが弱まることも指摘されています。
また、「心理的安全性」という言葉もよく聞かれます。チームのメンバー全員が、ミスやリスクを恐れず、率直に意見や疑問を話せる組織は、生産性や収益性が高いことがわかっています。ただし、心理的安全性を高める取り組みが過剰になったり、誤解されたりすると、一時的に「馴れ合い」や「ぬるま湯」のような状態になり、結果的に本来の目的である高いパフォーマンスや率直な対話が失われることもあります。
成果を強く求めれば疲弊を招き、安心や心理的安全を重視すれば挑戦が減る――こうした振れ幅の中で、組織は常に揺れています。重要なのは、「どちらが正しいか」を決めることではなく、両立しにくい価値の間で最適点を探り続ける姿勢です。
揺れを放置すると、評価基準への不信感や様子見の空気が広がり、挑戦や主体性が弱まることもあります。揺れを前提に対話やフィードバックを組み込むことが、組織の安定と成長を両立させる鍵になります。
4.最適なバランス
人事施策で重要なのは、揺り戻しを恐れて施策を弱めることではなく、揺れ幅を前提に設計することだと考えています。
たとえば、評価や報酬の制度で成果を求めつつ、定期的な面談やチームミーティング、サーベイ等で不安や違和感を丁寧に吸い上げる仕組みを組み合わせる。制度変更の背景や意図を繰り返し説明し、経営の考えを共有し続ける。そうした積み重ねが、短期的な数字と長期的な安心・挑戦の両立を目指すことができます。
どちらか一方を「正解」と決めつけるのではなく、両立が難しい価値の間で“最適点”を探り続けること。それこそが、人事に求められる態度ではないでしょうか。
5.変化に強い組織、それを支える人事
揺り戻しが起こるということは、組織が確かに変化している証でもあります。問われるのは、揺れの有無ではなく、その変化に耐えうる柔軟性やしなやかさをどう育てるかです。
制度を作る、変える、整える――それだけでなく、現場で生じる小さな違和感や兆しを丁寧に拾い上げ、経営の意思とつなげていく。その往復運動こそが、人事の役割だと考えます。
こうした取り組みを積み重ねることが、組織のしなやかさに繋がり、会社の成長を確かなものにしていくのだと思います。
ひかり税理士法人では、人事コンサルの専門部隊もございます。
人事評価制度や理念浸透の仕組みづくりに加え、その前段階としてのインタビューやサーベイを通じて、組織に潜む“見えにくい揺れ”の可視化するご支援も行っています。
制度を整えること以上に大切なのは、揺れの兆しを読み取り、経営判断につなげていくことです。
組織の状況やフェーズによって必要な打ち手は異なります。
御社ならではの課題の発見・整理から、最適な人事制度の構築・運用まで伴走いたしますので、ぜひお気軽にご相談ください。
(文責:京都事務所 宮里)
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